奥海清瀧の遊楽園→奥海清瀧日記

奥海清瀧日記

2026年3月9日(月)

スッキリした人間になる

自分が何をするか、何を作るか考えると頭の痛い思いをします。昨日は平日にゲーム、読書、音楽をすると書きましたが、そうすることははたして楽なのでしょうか。人に対して何かすること自体自分にとって苦になります。そうすると、人に対して何もできず、稼げなくなります。

そこで考えたのが、「自分がどういう人間でいるか」です。文章を書くのをゆっくりしていたら自分楽しありません。自分はもう少しスッキリハッキリとした人間でいるべきです。自分がどういう人間か判明すれば、自ずと自分のやるべきことが見えてくるかもしれません。ぽこあポケモンをやるか渋っていましたが、クリアすることを目標に始めればスムーズにゲームができるでしょう。自分にまったりが合っているかというと、まったりは飽きてしまいます。音楽もゆっくりの曲よりは速いほうが好きです。速いほうが歌っていて気持ちいいものです。

日々を安定させるというか、気持ちよく生きれたらそれはそれで良いのではないでしょうか。そのほうが見てるほうも気持ちいいでしょう。文章で悩んでしまってはたどただしい文章になり見ていて気持ちよくありません。次々と直感的に思い付いたことをスラスラ書いていくほうが脳にとって人にとって良いものになるはずです。そもそも、思考というのは繋がりでできているので、思い付かないものは繋がっていないのです。スラスラ書ければそれが正解なのです。

スッキリした人間になるにはどうすればいいでしょうか。自分のやるべきことが決まっているのが良さそうです。今やっているゲームはバイオハザードレクイエムと、少し触って後からやろうと思っているのがぽこあポケモンです。途中で別のゲームをする、何のゲームをやるのか悩むのはスッキリした人間とはいえないでしょう。常に先に先に考えておくことが大事です。もしやることがなくなったらの状態も考えておくのがスッキリした人間です。ゲームもスムーズに進めるのがスッキリしているでしょう。

そうですね、スッキリした人間になるには「中途半端で終わらせない」というのも大事になってきます。本を途中まで読んで放置するのは気持ち悪いことです。それならば、パッと流し読みしたほうがまだスッキリするものです。スッキリした人間というのは曲がらない人間のことでしょう。悩みの少ない人間といえます。~のゲームをクリアしようと決めたら、それをクリアするまでそこに立ち向かい続けるのがスッキリしています。はたして、どこまで考えたらいいでしょうか。正直、ゲームをクリアするとなったら、ゲームによってはどこが終わりなのかわかりません。なので、明日まですることを予想しておけばスッキリした人間ができあがります。ずっと先のことを考えるより、少し先を見て行動するほうが速くなると思いませんか?

仕事中は頭がスッキリしないのですが、どうすればいいでしょうか。この場合、少し先のことを考えるのが無駄な場合が多いです。なぜなら仕事はやるべきことが決まっているからです。ただ、過去のことだけ考え続けていると同じことが頭に巡り続ける鬱になってしまいます。やはり、鬱にならないために先のことを考えたほうが良いですね。頭をスッキリさせるには、流れに沿って考えることです。となると、分岐したストーリーを考えれば頭が回ることになります。スッキリした人間というのはいろいろな可能性を想定します。一つの状態からいろいろな分岐、可能性を考えることになります。これは一つのことについてだけではなく、ある程度ストーリーを考えたら、また別のことに視点を移してストーリーを考えることになります。スッキリした人間というのは先のストーリーを予想して頭を働かせる人間だといえます。気持ちのいい人間を目指して精進していきます。


2026年3月8日(日)

共感を持つ

今は0時近くでいつもは日記を書く時間ではないのですが、書かないと自分が落ち着かないので日記を書きます。時間を決めて、10分くらいで日記を書いていきたいと思います。

今日はというか、今日も自分は何をすればいいのかを悩んでいました。ずっとゲームをやったり読書をしたり動画を見ていても何も稼げるわけではありません。稼がないと死ぬだけです。なので、何かしらは自分で人に対してしなければなりません。それが自分を悩ませる一番の理由です。人に会うのが苦手なので、一人で仕事をしたいとは思っています。

最も極端な考え方としては、人に対して共感性を持つというものです。これは自分は普段から意識していません。共感を持っていれば普通に人と付き合えるはずですが、どうも自分には普通の人はつまらないことばかり考えているようで共感を持つことはできません。自分が人と話せない理由はそこにもあります。それで人に対して何もしないせいで自分では何も稼げない人間になってしまっているのです。人を楽しませようと思っても難しいので、まずは自分を楽しませようと思いましたが、ずっと楽しむということは考えてみると難しいことです。ずっとゲームをしていても疲れたり頭が働かなくなったり飽きたりします。なので、他のこともしないと楽しめません。贅沢ですね。人のことと自分のことを分けて考えると、やはり難しい。そこで考えたのですが、人と楽しさを共有することで自分も人も両方楽しめるというシンプルな考えができるのではないかと思い、日記に考えをまとめようとした次第です。

自分はどんな人間でいたらいいでしょうか。今日記を書いているのだから、まずは日記を書くのを安定させてほしいと思います。人から見て何が楽なのかというと、やはり『安定していること』です。配信も、ほぼ毎日あると決まった時間にその配信を見ようと思うようになり、配信がないときは過去のアーカイブを見て楽しめます。それが安定した楽しさというものでしょう。任天堂が数年に一回マリオしか出していなければ飽きられて違う会社のゲームをすることになります。いろいろなゲームを出すことで飽きないようにする、ずっと楽しませるということが大事なのです。

と思うと、やはりそんなにいろいろなことはできないのは明白です。共感を持つというのは一般的な価値観を考えるのと同じです。自分だけ見る、人だけ見ることよりも普遍的な見方で、まとめて考えることにより、シンプルでオーソドックスな思考ができるようになるでしょう。どうしても全く同じことを繰り返しているのはつまらないものです。かといって全く新しいことをするとその人ではなくなります。やはり、いつもの中に少し新しいものを取り入れていくのが安定した楽しさを提供できるようになるでしょう。

人を楽しませるものは何があるでしょうか。ゲーム、漫画、イラスト、小説、音楽、動画などが思い付きますね。サイトはどちらかというと便利なものに含まれるでしょう。漫画は自分は読みません。小説は最近はゲームに食われています。となると、残るはゲーム、イラスト、音楽です。イラストは描こうとは思わないので、自分はゲーム、音楽を作ることになります。でも、人を飽きさせないためには本も必要だと思うのですが、どうでしょうか。本は自分は小説ではなく、何らかの情報をまとめたものです。そう考えると、サイトも本のような役割ができるでしょう。

自分がずっと楽しむためには、おそらくゲーム、音楽、本、生配信が必要です。これらをどのようにやれば安定できるでしょうか。個人的には平日、仕事のある日も安定させたいです。配信を見る時間が0.5h、読書が0.5h、音楽が0.5h、ゲームが2hだとすると、3.5hで、これらを続けてするとなるとパッと切り替えるのは難しいので4hと見積りましょう。仕事終わりではこのくらいの時間がギリギリです。最も早いのは共有して楽しむことです。ゲームを2h配信して、音楽を少し聴いて自分でも打ち込んで、本を読んでそのことについて話すか書くかする、といった具合になるでしょう。共感させるためには自分でも何かしらのアウトプットが必要です。自分でも楽しんでアウトプットする、飽きないようにアウトプットするとなると、こんな流れになるのです。さて、これはどうでしょうかね。日々を安定させるために実践したほうが良いですかね。まあ、確かに、配信しないよりはしたほうがいいのは良いでしょう。自分が楽しんで人も楽しめばそれ以上のことはないです。自分を楽しませることと人を楽しませることを同時に考えなくていいので、考え方としてはシンプルになります。これが共感を持つということです。まあ、少し考える余地がありますね。また明日考えながらやっていきますか。