2025年9月29日(月) 昼
シンプル思考
自分は何をすべきか考えると強制的に何かしなければならないという焦燥感に駆られます。自分が何もしなければ何も変わらないだけです。人のために何かしてお金を稼がなければ人の作ったものを使えない、生きていけないのは頭に入れておくべきでしょう。
自分が何をするかといろいろ考えても、平日に安定してできることは限りがあります。脳というのは現実よりも速く動くので、考えすぎるのは仕方のないことです。それは妄想で抑えておくべきでしょう。思考はもっとシンプルのほうが楽しめるものです。モデリング、自然科学、電子工作、ゲーム作りといろいろ考えてしまうと、結局頭が回らなくなってきます。自分が過去にどうやって気楽に楽しんでたのかというと、ゲームをしたり配信を見ながらパズル雑誌をしているだけのときです。寝る前に大体本を読んでいたので、それは今も続いています。また、自分は小説を読んでも記憶に全く残らないので、結局は本を読めればなんでもいいのです。日記に書くことは、基本的にそのことについてでいいでしょう。
つまり、自分のすることは、ゲーム、プログラミング、配信を見ながらパズル雑誌、寝る前や本を読みたいときに本を読むといった感じでいいでしょう。日記で書くことが思い付かないときも本を読めば考えることが出てきます。それくらいシンプルでいいのです。あまり考えすぎてもそれらのことができるわけではありません。シンプルに生きましょう。
2025年9月28日(日) 昼
今後の方針
自分はどうやって考えたらいいのかわかりません。自分のことを考えればいいのか、周りのことを考えればいいのかわからないのです。自分のことについて考えた場合、周りの影響を受けるし、周りのことを考えた場合、自分がどのように動けばいいのかわかりません。一番は、主観的ではなく、客観的に考えることです。客観的に自分を見ることで、周りの風景も見えてきて、自分と周りのことを同時に考えられるからです。考えるというよりも「想像する」といったほうが正しいかもしれません。自分は周りから見てどのように見えているかを見るのです。その場合、自分は何もしていないことがわかります。
では、実際に何をしていけばいいのでしょうか。自分はまともな人間ではありません。何年も悩んでいる人間がおかしくないわけがないのです。また、自分は一つのボスに数百時間かけるほど狂っています。間違いなく正常な脳内ではありません。おそらく、周りを見て真似しようとしても思考が固定されてしまいそちらのほうに向くことができないでしょう。日々何をしようか悩んでいます。そしてあまり具体的なことができないことが多いのです。これは安定かというと完全に不安定な人間です。これはよくないことです。何時にゲームをやって何時にものづくりをしてと決めていなければこのまま不安定な人間になってしまいます。毎日決まったことをしていれば安定した人間になれるでしょう。自分は、狭い範囲のことを考えるとどうしても別のことが頭に過ります。一つのボスに数百時間使ったといっても、その間別のことを考えたりしていました。それほどいろいろな方面に向くことになります。なので、自分はもっと広い思考でやっていったほうがいいです。特定のことだけを集中するということができない人間のようです。
そんなことを書いても意味はありません。何がしたいのかというと、YouTubeのように、いろいろなページをごっちゃにして作っていきたいのです。それぞれ別にすると、なんだか縛られている感じがして、自由に思えないのです。YouTubeは好きなことができるのに、サイト作りでは好きなことができないのはちょっとおかしいです。大きく分けるのなら、日記と記事、ゲームのページに分かれるでしょう。ただ、ゲームは思い付かないので、記事のページをメインにしていきたいです。記事には、プログラミングやモデリング、ゲーム作り、自然科学などを書いていきたいです。そのときによって書きたい内容、学びたい内容が変わると思うので、ころころやることを変えていくと思われます。後でモデリングのページ、ゲーム作りのページとして分けるのが良いでしょう。最初から決めてしまうと縛られている感じになるので、ページだけ作って、後からリンクをまとめることにします。トップページをまずシンプルにしておきましょう。それで新鮮な気持ちで記事を書けるようになるはずです。そのときやりたいと思ったことをやるので、被ったりするかもしれませんが、まあ復習だと思っていてください。前にゲームをやってから時間が経ったので、ちょっとゲームをしてからページを作ります。ではまた夜にお会いしましょう。
2025年9月27日(土) 夜
ゲームを作って遊ぶ
サイトに載せるゲームを作ろうと考えていたのですが、手が止まっています。そもそも、自分はコントローラーを使って本格的なゲームをするのが好きであり、どうも頭の中に3Dが浮かんでしまいます。ちゃんとした2Dゲームを作ろうにも、自分はイラストが描けません(描く気がない)。3Dになるとキーボードでは難しいし、スマホでそれを扱えるのか疑問だし、pcとスマホで表示すると考えるとどうもゲームは合っていない気がします。サイトにゲームを載せようと思いましたが、そもそもの話自分はスマホでゲームをやりません。何をやるかというと、JavaScriptでちょこっとプログラミングで遊んだり、読書をしたりしかしていないのです。サイトになると、やはり情報を書くのが一番だと気が付きました。
しかしながら、自分はゲーマー。つまりゲーム関係の情報を書くことになります。そして、自分はモデリング、ゲーム作りに興味がある。これはつまり、モデリングやゲームの作り方を載せるというのがベストなのではないでしょうか。JavaScriptならばスマホだけでスマホのゲームが作れてしまいます。自分のサイトにはゲーム作り関連の記事をどんどん書いていくというのが理想のやり方なのではないでしょうか。先程落ち着いて考えるために寝転がっていたら気が付きました。
これなら作る側もゲームで遊べます。Webページにゲームを載せるわけではないので、pcやスマホのスペックに関係なく表示できます。これを機に新しいパソコンを買ったりするかもしれません。また、個人でもいろいろな人がゲームを作るようになるかもしれません。サイトの特性を生かしつつ、誰でも作れるようなゲームの記事を書いていきたいです。
下手なゲームよりも、ゲームを作る方法を載せたほうが世のため人のためでしょう。自分には創造力がありません。今までも新しく作ろうとして考えついたことは一度もありません。考え事をしているだけで時間が経ってしまったので、明日からやろうと思います。ちなみに、ゲームという大きな括りで見たら、1回1時間~1時間半が妥当です。定期的にやりたくなってくるので、一度にこれくらいの時間が丁度良いのです。ゲームの作り方をまとめて記事に書くのも、おそらく一度に2時間くらいがいいでしょう。だらだら書くとそれだけで一日が終わってしまうので時間を決めて取り組むのが良いのです。学んで作る作業はゲームで遊ぶよりも時間のかかることなので、ゲーム時間よりも長くしています。では、また明日報告します。というより、頑張ってサイトの更新を果たしましょう。
2025年9月27日(土) 夕
思考
日々どう考えたらいいのか悩む毎日です。何か具体的な思考がなかなかできません。こうして文章を書いていると別に普通そうですが、それは文章を繋げて書こうとしているからであり、普段の脳はごちゃごちゃなのです。
先程考えたのですが、やはり抽象的思考というのが非常に大事なのではないでしょうか。世の中、人間関係、自然、生物、宇宙、機械、電子工作、いろいろなプログラミング言語、コンピュータ、小説、音楽、動画、ゲーム、イラスト、漫画、モデリング、パズルといろいろと考えることがあります。一体何をすればいいのか非常に迷ってしまいます。ここであるものに限定してしまうと、たとえば、マリオ、ゼルダ、バイオ、その他のゲームなどに分けてしまうと、それぞれのゲームをするだけで一日が終わってしまいます。そうではなく、『ゲーム』という一括りにしてしまい、何をやりたいかを考えて、適当にやるのがシンプルな考え方なのではないでしょうか。
考えてみると、やはり最終的にはものづくりに落ち着きます。自分はゲームが好きでよくやるのですが、ゲームは作られたものです。今使っているキーボードも、机も、モニターもコンピュータも作られたものです。人は作られたもので遊んでいます。イラスト、漫画、音楽、動画も作られたものですね。生配信はリアルタイムで楽しむもので、作るというよりはコミュニケーションを楽しむものです。自分は話すのが苦手なので、喋っている配信を見るのです。
ゲームは楽しいのですが、それだけやっていてもアウトプットはできません。それだけだとやはり物足りないのです。なので、アウトプットできるもの、何かしらを作ることをしなければならないのです。いろいろと考えようとすると何をすればいいのかわからなくなります。もっと自分にとってわかりやすくしたいところです。
さて、どう考えたらいいでしょうか。やはり、一番良いのはゲームを作ることです。商業的作品を作るのは個人では大変なので、サイトにちょっとしたゲームを載せるくらいになるでしょうか。学問を学んだとして、それをアウトプットしても見ている側はつまらないものになるかもしれません。それは誰でもいいからです。一般人より研究者のほうが信憑性があるので、個人が書く意味はあまりないのではないでしょうか。それよりかは人はゲームを望むはずです。C++で本格的なアプリを作ろうとするより、JavaScriptで個人的に楽しめるゲームを作ったほうが人も自分も楽しめるし作業効率も良いでしょう。やはり、自分が楽しんで、楽しめるものを作るというサイクルが一番楽しさが続くものになるでしょう。
作ると考えた場合、文章だけでは物足りないものです。グラフィック、音楽もあったほうが良いでしょう。グラフィック、プログラム、音楽と考えた場合結構シンプルになります。ゲームをやってゲームを作る、そのサイクルが自分の中の理想でしょう。地学のことを書いても誰も楽しめません。それは誰か一人が書けばいい内容です。
そういえば、「やらなければならない」という思考は一日に限定した思考になってしまいます。そうではなく、もっと視野を広く見るべきです。別に急かなくてもいつでもいいのです。思考を制限させては鬱になってしまうでしょう。そのとき好きなゲームをやって、好きなものを作ればいいのです。考えることは決して悪くなく、それは個性を生み出すのに必要なことです。遊んで、考えて、作るを繰り返すことで人生がより楽しくなってくるでしょう。
2025年9月21日(日)
自分は何をしているのが理想か
自分はモデリングをしたりゲームを作ったりしているでしょうか。しかし、それが何も思い浮かばないし、想像してみると、どちらかというと本を読んだり文章を書いて生きてそうなイメージです。ゲームはちょっとしたものを作るのに落ち着くでしょう。3Dゲームは作っていなさそうなイメージです。そこまで入れ込んだら他のことができなくなるので、結局は読書やゲームに落ち着くでしょう。
自分という人間は発想が全くなく、事実だけを考える人間です。なので自然科学に興味を持ったり、技術に関心があったりするのです。ゲームの作り方に関しても、単に技術を学んだだけであり、イラストを描くようになったかというとそうではありません。自分の思考をもっと豊かにするために勉学に励みたいですね。つまりは、自分は勉強家だということです。ゲームと勉強を両立できれば生きていけそうな気がします。
今までも、オリジナルの音楽を作って失敗しています。人気がなければそれは失敗であり、学んでいこうとは思いませんでした。それよりは勉強したものをアウトプットしたほうがまだ伸びるというのは既成事実です。なので、今後も学んでいき、アウトプットすべきでしょう。学んでアウトプットする場としては、このサイトか動画しかありません。他のところでやっていこうとは思っていません。ということは、想像や妄想というより、事実だけを考えてやっていくべきです。創造力は全くないというのは今までの自分からわかることです。いろいろなところに頭を向けすぎるのは良くないことです。ゲームか勉強か遊びかでやっていくことにしましょう。今からは、1時間ほどゲームをして配信を見ながらパズル雑誌をして本を読んで寝ます。勉強は昼のうちにやることにしましょう。夜はどうしても遊んだりリラックスしたくなるものです。明日は平日なので、帰ってからはゲームと少し勉強することになるでしょう。ただ、アウトプットの時間は怪しいです。おそらく休日になるでしょうか。ではまたお会いしましょう。
2025年9月15日(月)
考える材料
全体的に見ても何を考えたらいいのかわからなくなりました。結局何かしらに集中することで物事を考えられるのです。自然に考えるということはちょっと自分には難しそうです。
何をやろうかと悩みます。ただ、ゲームだけやっていてもそれほど考える材料にはなりません。プログラミングで何かを作るにしても、何を作ろうか思い浮かびません。解説を書こうという気持ちもありません。
自分は何をしていったらいいのかと考えたところ。悩んでいるのは何もしていないのと同じで、あまり良くありません。作るにしても何を作ればいいのか思い付きません。はたしてどうしたらいいでしょうか。作るものを考えるという行為は思い付かなければ虚無の行為になります。普段から何を考えればいいのでしょうか。
そう考えたとき、『作られ方を考える』という考え方が思い浮かびました。今読んでいる本は細胞生物学であり、細胞とは何かについて、細胞の作られ方を書いている本です。プログラミングで作るものも、過去にあったものを真似しているので、既に作られていたものです。モデリングする際もどうやって作るのか想像して作ることになります。人工物も人によって作られたものです。よって、作り方を想像することで考える材料になり得るのではないでしょうか。それは自然についてもそうです。生物や宇宙も作られたものです。そうして、自分でも作れるのではないかと思ったものを調べて作っていくのです。なので、まずは作るよりも「作り方を考える、調べる」といったことをやっていったほうが自分の頭は回るようになるのではないでしょうか。考えることにより日記に書く内容もできてきます。とりあえずは作られ方を考えることから始めていきます。
2025年9月14日(日)
我慢できない
たしかに、今日は午前中何をしたらいいのか悩んでいました。そして、実際に始めたのは午後3時頃からです。一日というのは意外と短く、ほとんど何もできないのが常です。いろいろやろうとしてもちょっとだけやって終わるでしょう。なので、やることを絞る必要があるのです。たとえば、モデリング、プログラミング、ゲーム開発、読書、ゲーム、パズル雑誌、音楽制作、それらをすべてやろうとするとどうしても時間が足りません。1時間では少なく感じるし、学んでいれば何も作らずに終わります。復習だけで終わるかもしれません。どう考えても一つのことを集中してやるのが良いでしょう。ただ、ある一つのことだけをずっとやるのはどうも自分には不可能です。いろいろなゲームがしたいし、いろいろな本を読みたいのです。いろいろなものを作りたいかというと、それはちょっと時間がないのではないかと思うのです。どう考えても作るよりもインプットのほうが速いものです。その爽快感が欲しいのです。
タイトルに我慢できないと書いたのは、サイトのページを作ってないで、早く日記を書きたいと思ったからです。他にもいろいろやりたいといった我慢も含まれます。結構考えるので時間を使ってしまいます。やれることが多いからどうしても迷ってしまうのです。そんなときに行き着くのがプログラミングです。なので、今日は簡単なゲームを作り、その作り方を解説したページを作ろうとしていました。いや、やろうとしていたというか、まだ作り途中です。どのようなページを作ろうかと悩んでいたら時間が経ってしまい、少し書いたところでもう我慢できなくなり日記を書き始めたのでした。やはり作るのも時間を決めてやるのが良いのです。それと、やはり全体的に見るというのは重要です。中途半端ならば後から続きを書けばいいだけです。内容が増えてきたのなら別のページに避ければいいだけの話です。なので、どんどん作っちゃってOKです。
そうですね、今は特にゲームがやりたい気分です。自分はゲームをやるために生きているといっても過言ではありません。すべての事象の中でゲームが一番好きなのは変わりません。おそらく、作るという行為を何かに限定すれば、そこまで悩む必要はないので、すぐに作ることができ、ゲームや読書に集中できるというわけですね。そして、プログラミングに決定しました。というより、今も作ってる途中なので、何かしら作るとしたらプログラミングのページになることでしょう。ということで、ゲームの世界へ出発!
そういえば、複数のゲームを同時にやろうとしていましたが、それだと頭が混乱しそうです。バナンザを続けてやることにしましょう。今は最初からやっていて、DLCまで全部終わったらゼルダに戻り、マリオをやっていく流れにします。読書は細胞生物学の本を絶賛読んでいるので、それを読み切ったら別の本に入ることにしましょう。それと、プログラミングも、粗方やりたいことが終わったら別のものにいくことにしましょう。まあ、とりあえず数ヶ月はプログラミングを続けると思われます。細胞生物学の本は結構大きいので、それもまあまあな期間続きます。それで安定ですね。ということで、バナンザを1時間やり、配信を見ながらパズルをやるという流れでいきます。とりあえず、作るのは休日の昼にやることになりそうです。アディオス。
2025年9月13日(土) 夜
人は孤独だ
ぼんやりと配信を見ていました。そのときはちょっと面白くてもすぐに忘れてしまいます。それほどまでにどうでもいい内容です。しかし、時間を使えればそれはそれで良いのではないでしょうか。少なくとも寝たきりよりは良いものです。
普段自分は夜に何をしているのか考えていました。客観的に見て、ゲームをしているのは虚しいことです。配信を見ているのも虚しいものです。何かものづくりをしていても虚しいでしょう。というより、一人で何かをしているのは客観的に見て虚しいものです。しかし、それが普通です。配信者も一人で配信をしてネット上の人と繋がっています。それは客観的に見て空虚なものです。人は一人なんだなと思う今日この頃です。
そうですね。こんなことを思うのは夜くらいですね。やはり何か寂しい感じがして、それを埋めようと空虚なことをするのでしょう。何をやってもそれは紛らわすことはできません。もちろん何かに集中するとそのことについて考えなくてもいいのですが、広く見る、自分を客観的に見ると虚しさを感じでしまいます。やはり夜だからですね。昼間は皆活動しているのでそれを感じないだけです。
まあ、正直、夜は何をしていてもありです。昼間は何かしら作る時間に回したいところです。夜はゲームか配信を見るか読書、パズル雑誌に励むのが良さそうです。自分のサイトをもっと更新していきたいし、何かしらの動画も作りたいですね。物事を広く見るのはこのまま続けていきたいです。日記も休日は毎回書いていきたいですね。このサイトをもっと遊べる場にしていきましょうか。
2025年9月13日(土) 夕
雑談→全体を見ること
今は夕方の5時です。日記を書きたいというか、考え事をしたいので文章を書こうと思いました。
何かに限定して考えると他のことが疎かになります。自分は人に興味がないので、人と会うのが億劫です。なので、仕事をしていても他のことを考えます。人と会うと緊張するし、自由度が下がるし、つまらないし、自分の思考を表に出すのが遅く難しいので人と会いたくないのです。これは性格上のことなので直すとかそういうレベルのことではありません。むしろ直そうとすると世界を直すことになり、これは破滅を招く思考です。なので、自分は人をなるべく避けるのです。これは今も昔も変わりません。
いろいろと考えるのですが、やはり大事なのは全体を見ること、抽象的に広く考えることです。そうすることで自由が拡大し、自分にとってわかりやすく生きることができるのです。プログラミングはゲームを作るためのもので、自分のサイトは楽しむためのもので、パズルが好きなのは感覚的に楽しむことができるからです。ゲームはリラックスして楽しめます。そんなふうに考えることで気楽な人生、悩み過ぎない楽しい人生を歩めるでしょう。
今までは思考を限定していました。何をやらなければならない、日記を書かなければならない、ゲームとプログラミングをやるべきだと。しかし、全体的に考えると、社会だったり、自分だったり、何をやるべきかだったり、考えることがたくさんあります。最終的に決めるのは自分自身です。なので、自分中心に考えれば自分のやることを見つけることができるでしょう。それは過去から類推されるものになります。前はゲームをやった楽しかったからやろう、音楽を聴いて面白かったのでまた聴こう、パズル雑誌をやって爽快だったのでまたやろうと、過去から物事は繋がっています。何かしら作ろうと思うのは、遊んでばかり、受動的なことばかりなのでなんか物足りないと感じた結果です。これは全体的に見れないと感じないことです。たとえば、ゲームばかりやって、ゲームのことだけに集中すれば何かを作ろうとは思わないでしょう。俯瞰して広く考えると人から与えられたものを遊んでいるだけという思考に至ります。ゲームのことだけ考えるとゲームのことだけ考え、全体的に考えていると全体像が見えてくる。ただそれだけなのです。全体的に見れていたほうがアウトプットはできるでしょう。特に情報化社会であり、多くの人工物で溢れているとそれに目がいき、結局自分では何もしていない環境にただ支配される自分ができやすくなっています。考え方としては、普通に全体的に見るとしかいえませんね。今も一部ではなく全体的に見て文章を書いています。するとなぜか自然と文章がスイスイ書けるのです。不思議ですね。たしかに、生物は多くの細胞が集まって強調して一個体になって動いています。なので、自然と全体を見れば自分のすべきことが自然とわかるようになっているのでしょう。どちらが良いとか悪いとかではなく、全体的に見たほうが自然と動ける、ただそれだけなのです。
全体的に考えようとすると難しいかと思いますが、元々世界はそんな単純ではありません。難しいのは当たり前のことなのです。いろいろと考えが巡ってしまうのは普通です。悩むこともあるでしょう。これだけ多くのものがあれば悩むのは必然です。さあ、あなたは何をしたいでしょうか。自分も、できることといったら動画作り、プログラミング言語を使ってのゲーム作り、サイト作り、モデリングとたくさんあります。考えてみると、遊ぶのと作るのは半々が丁度良い気がします。そう思うでしょう?作るのは間違いなく遊ぶのより時間がかかることなので、時間を使うのはしょうがないです。仕事もほとんどの人が作る仕事をして、遊ぶのは帰ってからのほんの数時間や休日になります。そう考えると、仕事以外では遊ぶのが理想と理屈で考えられます。仕事は窮屈なのです。自分が楽しいと感じるものを真似して作ってみるのが最も良いでしょう。それは理屈ではなく、もっとシンプルな感情でいいのです。もし理屈にするといくつもの要素が出てきて、逆に考えるのが大変になることもあります。楽しいのは素直に考えず楽しいと思うことにしましょう。それが全体を見ることなのです。
2025年9月6日(土)
今思ったのですが、全体を見ていません。もし自分の日記を客観的に見ているのならば、書き言葉ではなく話し言葉で書くはずです。ずっと何をしたらいいのか、何をしたら楽しく生きられるのかを考えていたのですが、未来に答えはありません。自分が過去にしたことの延長で考えることになります。自分がまともに考えられるようになるには、「物理的に考える」ことです。何も思い浮かばないときは、物理的に考えて文章にすることで真っ当な考えができるようになるのです。では、物理的に考えてみましょう。
まず、なぜ悩むのかです。プログラミングをしようか、読書をしようか、配信を見ようか。モデリングをしようか、ゲームをしようかと、複数のことを同時に巡らせてしまいます。これは思考回路が混線して、あちこちに繋がっているからです。悩まないようにするにはどうすればいいでしょうか。物理的に考えると、「あることに集中すること」により他のことを考えられない状態に持っていけば悩まなくて済みます。これは集中力が足りていないからです。悩むというのは決定できかねています。では、何をしたら決定できるでしょうか。これは過去の自分に倣うのが安定です。どうも、昔の自分はゲーム、パズル雑誌、読書を回してやっていたイメージです。いや、でも考えてみると人のために何かしらやらないと生きていけません。今までも、自分は仕事でものづくりをしてきました。なので、何かしらものづくりすることは必須です。
では、自分は何を作ったらいいのか物理的に考えましょう。いや、どうやって考えてもゲームの知識が大きなウェイトを占めているはずです。ということは、面白いゲームを作るのが良いのでしょうか。ここで考えることは、物理的に作ることです。自分は人と喋ることが本能的に苦手なので、一人でやっていくことになります。物理的に一人で作るものが望ましいです。『物』というのは『オブジェクト』です。ただ、イラストは頭の中にないので、3Dモデリングでオブジェクトを作りましょうか。それを配置して遊べる形にするとゲームになります。どうも文章を作るというのは自分の発想力的に無理があります。本を書こうにも文章が思い付きません。3Dゲームを作ることは不可能ではありません。物理的に可能なことです。自分が今まで思い付かなかったものはできません。それが物理的考え方です。パズル雑誌の問題を解いたり、読書をしてきましたが、自分で作るとなると思い付かないのです。なので、消去法でゲームを作ることになるのです。これは今までの知識、やったことから推測されることです。これが物理的考え方です。どうでしょうか、真っ当でしょう?
ゲーム作りを仕事にするのは決まりで、あとはどうしましょうか。まあ、今まで通りゲーム、パズル雑誌、読書をやっていけばいいでしょう。では、このサイトはどうしましょうか。普通に考えると何も更新しないのはもったいないです。ただ、ゲーム、パズル雑誌、読書の中に組み込めるのかという話です。あ、今一つだけ組み込めるのがありました。それは、「読書」です。本で読んだ知識を書くページを作ればいいのです。ゲーム作りの知識を書くのも良いでしょう。これで物事が繋がりました。悩んだら物理的に考えると『何でも』解決できます。焦ったら思考が偏ったり、行動力が落ちたりするかもしれません。そんなときは、冷静に物理的、理屈で考えて問題を解決しましょう。